2024/11/25

論語『位無きを患えずして・・・』

 論語に
『位無きを(うれ)えずして、立つ所以(ゆえん)(うれ)う。』 とあります。 

現在放送中の大河ドラマ「光る君へ」では、藤原家の繁栄とその権力争いが描かれていますが、この論語では「自分に地位のないことを気にとめることはない。いかにしたならば、その地位に立つに足る実力を養うことが出来るかという点に心を用いてゆくべきである。」と述べています。

 更に論語は『己を知るなきを患へずして、知らる可きをなさんことを求む。』と続きます。


2024/09/06

論語『何を四悪と謂ふ』

  孔子は、何を四悪と言うか?という質問に対して

教えずして殺す、之を(ぎゃく)と謂ふ。

(いまし)めずして成るを視る、之を(ぼう)と謂ふ。

(れい)を慢にして期を致す、之を(ぞく)と謂ふ。

等しく之を人に(あたう)るに、出納の(りん)なる、之を有司(いうし)と謂ふ。

と答えました。

ここで、この四悪を、会社に当てはめると
「教えずして殺す」とは、十分な指導や教育を施さずに、能力がないと解雇することであり、孔子は、これを『』と非難しています。

 「戒(イマシ)めずして成るを視る」とは、業務を命じておきながら、普段は注意を払わず、戒めることも無いにもかかわらず、にわかに成果を示せと迫るやり方は、これを『』と非難しています。

「令(レイ)を慢にして期を致す」とは、期限をはっきりと設けずに業務を命じて置きながら、急に最後の期限を厳しく命ずるやり方は、これを『』と非難しています。

「等しく之を人に與(アタウ)るに、出納の吝(リン)なる」とは、みんなに平等に与えるにも関わらず、出し渋って、ケチなやり方をすることを『有司』(小役人根性)と非難しています。

 以上、会社では『虐』と『暴』と『賊』には、十分注意したいものです。

2024/08/07

論語『直きを挙げて』

 論語に
直(なおき)を挙げて是を曲(まが)れるに置けば、則ち民服す。
  曲がれるを挙げて是を直に置けば、則ち民服せず。』とあります。

 これは、君主の哀公が「いかにすれば民は服しますか?」との質問に対して、
孔子が「材木業者が、板材を置く際に真直ぐな板を曲がった板の上に置くように、真直ぐな正直者を人々の上に置けば、その組織は自然と正常化され、人々は安心して活動することができます。逆に曲がった不正直者を人々の上に置けば、その組織は乱れ、人々は安心して活動することがでません。」と答えたものです。

 会社において誰が上司になるかは、さまざまな要素で決定されると思いますが、「上司が正直者であるかどうか」は、部下にとって安心して働く上で、大切な職場環境の1つであると思われます。

また
善人、民を教ふること七年ならば、また以て戎(じゅう)につかしむ可し。』とは、
「完全ではなくても善良な人が、七年という長い期間教育すれば、戎(軍事)に従事させることができる。」と孔子が述べたものです。

更に
教えざるの民を以て戦ふは、是れ之を棄つと謂う。』と続きますが、
これは「教育を施さない民を使って、戦争することは、民を打ち棄てる行為である。」
と厳しく孔子が非難したものです。

 人材不足の今日であればこそ、貴重な人材を、まずは善良な上司により十分な教育を行い、真心(真ん中の心=忠)を以って働いて頂ける人材を育成して行くことは、会社の発展にとって重要なことと思われます。


2024/08/05

渋沢栄一と論語について(上司の心構え)

2021年のオリンピックが終わり、NHKの大河ドラマ「晴天を衝け」も再開されました。
主人公は、『渋沢栄一』で明治の時代を生き、600社近くの起業に関わり、近代日本を作ってきた一人です。
 渋沢は、『孔子』自身の発言や振る舞いを書いた『論語』を生きる規範としており、同じく論語を愛読して『菅原論語』を編纂した『菅原道真』が『和魂漢才』を提唱したのに対して、渋沢は『論語とそろばん』を記述し『士魂商才』を提唱しました。
 そして、『士魂』も『商才』も「論語」が最も基礎となると述べ、ことに「商才」というものは、もともと『道徳』を基盤としているものであり、「道徳」から外れたり、嘘やううわべだけの軽薄な才覚は、いわゆる「小才子」や「小利口」であって、決して本当の「商才」ではなく、「商才」は「道徳」と一体であることが望ましく、「道徳」の書である「論語」によって「商才」も養えると述べています。
 ちなみに、『論語』を社労士として少し調べてみると、上司が部下に対する際の心構えのヒントになる文章が三つほど見つかりましたので紹介いたします。

①『君は臣を使うに礼をもってし、臣は君に使うるに忠をもってす
これは、人君が臣下を使うには『礼儀』を以てすべく、人臣は主君につかえるには『忠』すなわち『真心』をもってすべきである。という教えです。

②『上、礼を好めば、すなわち民使ひ易し
これは、民を巧みに心安く使おうとするには、まず以て上に立つ者が、礼儀を守るようにするがよい。という教えです。

③『上に居て寛ならず、礼をなして敬せず、喪に臨みて哀しまずんば、我何を
 以て之を観んや

これは、上に立ちながら寛大ではなく、礼儀を行うにその根本たる敬(うやまいの心)をつくさず、喪に臨んで哀悼の情をつくさないとういう風であれば、何のとりえも見出すことは出来ない。と孔子が述べたものです。

以上、労務管理の上からも、約2500年前の『孔子の教え(論語)』は、読んでみると「目から鱗」の箇所が多数ありました。

2024/07/26

新一万円札、渋沢栄一と論語

 今回、新壱万円札の肖像に選ばれた渋沢栄一は、幕末から明治の時代を生き、600社近くの起業に関わり、近代日本を作った一人です。
 また、渋沢栄一は孔子(紀元前552~479)の発言や振る舞いをまとめた『論語』を生きる規範とし、自ら『論語とそろばん』を著し『士魂商才』を提唱し、道徳の大切さを述べています。
 前回は上司が部下に対する心構えのヒントになる「論語」を3つほど紹介しましたが、今回は集団による「いじめ」に関係する部分を2つほど紹介いたします。
 
子曰く、君子は和して同ぜず。小人は同じて和せず。

「君子は、どんな場合でも、人と和合して行動するが、無分別に人と同じ行動
をとることはない。これに対して、小人の場合は、無分別に人と同じ行動をとるが、人と和合して行動するということはない。」と孔子が述べたものです。

 人と和合することは良いことですが、だからと言って無分別に同じ行動をとることはいかがなものでしょうか、例えば職場や学校での集団による「いじめ」やSNSにおける集団での誹謗中傷等につながりかねません。
 やはり各自が自分自身の正義の下、言動に責任を持ち、起こりうる結果を考え行動することが大切だと思われます。

衆之を惡(ニク)むも必ず察し、衆之を好(ヨミ)するも必ず察す。』

「大衆がある人を憎んでいる場合でも、その評判を鵜吞みにせず、必ず十分に
自ら調べて考える。また大衆がある人を好いでいる場合でも、同様にして必ず
十分に自ら調べて考えるべきである。」と孔子が述べたものです。

 とかく人に対する評判というものは誤り易いものであり、軽率に評判を信用しないで、その人物について自ら調べて熟考して行動すべきだと思われます。